彼の赤い髪が好き。
彼の甘い囁きが好き。
私を見るその瞳が好き。
あなたの全てが好き。
そう言ったら彼は笑うだろうか、
あなたは私を大勢の女の子の中の一人としか見ていないだろうけど、それでも、
私が欲しいのは、あなたの愛だけです。
重たい瞼を無理やりこじ開けて、ひんやりと心地良いくらいの朝の空気を吸い込みぐっと手を宙へと突き上げるように伸ばした。静かな鳥のさえずりと、賑やかな外の様子を表す声が交互に耳に入り、まだ覚醒しきっていない頭で今日の予定をぐるりと読み上げた。
そしてわかったのが、どうやら今日は得にすることが無いらしい。
やけに重たく感じる体をゆっくりと持ち上げれば、布団の中でごそりと動かした足が妙な物に突き当たり、ほのかな温かみが足先へと伝わってきた。やっとのことで冷静に頭を働かせて見れば、そこには不自然な膨らみがあり、見るからに何かがいるとしか思えなかった。
「え?」
自分でも驚くくらいの素っ頓狂な声が、半開きの口から自然と漏れたが、それを訂正しているほど今の自分には余裕は無くて、それでも布団から飛び出すこともできなくて、そっと布団の端を手にかければそれは急に起き上がったようで私の視界は布団で暗転してしまった。
「きゃあ!」
がばりと布団に丸め込まれたままの私は、中で何かに包まれ、驚きのあまり声を出したが、外は朝の賑わいに包まれ聞こえてはいない。
どうしたものかと慌てた頭で考えようとするが、そんな余裕すらもう今の自分には残されていなかった。けれどその後に上から降ってきた声の主がわかると、緊張の糸が切れたようにほっと息を撫で下ろした。
「ごめん姫君、驚かせてしまったかい?」
「はぁ、こんなことされて驚かない人がいると思うの?」
「これも俺が姫君を思っているからこそだと思ってくれると嬉しいのだけれどね。」
ふっと微笑まれて、嬉しい台詞をすらすらと並べられて、これで許さない人がいるのだろうか。頭の隅でそう考えていたけれど、鋭い彼はそんな些細なことにも気がついたのか、どうかしたかと微笑まれてそれはどこかへと消えていってしまったようだ。
「・・今日はそういうことにしてあげる。」
「ふふっ、ありがとう。のそういうとこも好きだよ。」
「そう。ありがと。」
ほんのりと熱くなった頬を隠すようにして笑い、不自然で無いほどに顔を背けると、それでもやはり気がついたのか、彼はクスリと笑って見せた。
都合の良い時だけ名前で呼んで、まるで私の反応を面白がっているかのようだ。彼は否定するが、性格はとても弁慶さんに似ていると思う。といっても弁慶さんよりは幾分ましかもしれないが。
「ところでヒノエ、いつまでこの体勢でいる気?」
「ああ、ごめん。姫君から良い香りがするものでね、」
そう言いつつも、腰へ回された腕に十分力が入っているのがわかり、当分開放されないことを覚悟する。
「海の香りではない?」
ここは一番海に近い場所だから。
「それなら歓迎さ、俺は海の男だからね。」
また後ろで微笑んだのがなんとなくわかり、首元にかかる息が2人の距離を表しているようでどきりとした。
「ヒノエは海が好き?」
「そうだな、守るためだったらどんなことでもするよ。」
「そう。」
「だけど、」
「だけど?」
「海かかどちらかと問われれば、きっと姫君を取ってしまうんだろうね。」
姫君は俺の海だからさ。
切なくなるのは 君が好きだから
070113