ああなんてこった!どうやら神様は早くもまだ16のか弱き少女を見放したようだ。私はこの非常事態に目を白黒させながら、やっとのことで受話器に向かって声を絞り出す。無論、電話の向こう側にいる人物は見るまでもなく(というか見えないが)明らか面倒くさそうに私の声に応じる。ええ全ては私が悪いのです。時をさかのぼる事二時間前、携帯をうっかり落っことしてきた私が。しかし今日、いつもと何ら変わりなく学校へ向かった私にまさかこんなことが起こり得るなどと誰が想像していただろうか。否、想像できるわけがない。そんな自問自答をしている間に、突然黙り込んだ私を不審に思ってかそれとも催促のためか、電話の相手は聞いているのかと怒る風でもなく(相変わらず面倒くさそうに)問うた。
「あの、ベルフェゴールさんでしたっけ?」
「そうそう で、お前は?」
「えーと、何故名前を?」
「携帯に書いてある」
「ちょ、勝手に見ないでくださいよ・・・!」
「は?王子に命令すんなー」
「・・(また変な人に拾われたもんだな)」
拾った人がどんな人だろうと恩人は恩人。とりあえずお礼の言葉を述べ、相手の暇を見計らって待ち合わせをしなければいけない。私が空いている時間が無いか聞くと、ベル(そう呼んでほしいらしい)はいつでも良いと答えた。本当に良いのかと再度問うもやはり同じ答えが返ってきた。どうやら彼は結構な暇を持て余しているようだ。声からして、そう年をとっているようでもない寧ろ若い部類に入るだろうと憶測しているのだが(まさかニートだろうか)。そうして待ち合わせ場所を指定し、また後ほどということで通話は途切れた。
「お前が?」
待ち合わせ場所には彼のほうが後から現れた。時間を守るような人でないことは重々承知していたので、待ち時間を持て余す用意もしておいた私がそれに怒るような事も無い。寧ろ予想よりも早い彼の登場に驚いたほどだ。驚いた理由はそれだけではないが、彼の外見があまりにもおとぎ話に出てくる煌びやかなもので、この国では一際目立つ明るい髪がより人目を引いている(その上にあるティアラも原因の一つだとは思うが)。そんな彼が漆黒の髪に同色の目を持つ私といることでより眩しく見えるのではないだろうか。想像以上の彼の外見に硬直しているとその人から声がかかり、思わず素っ頓狂な返事を返した。
「貴方がベル?」
「そう」
「あ 携帯ありがとうございました」
「別に、暇だったし」
「それで携帯はどこに?」
「教えない」
「え?」
「今日一日俺に付き合ってよ」
お礼だと思ってさー。拾ってあげたんだからそれくらいいいじゃん。そう言う彼は笑っていた。もしかしたら今日携帯を落とした時点で私の人生は狂っていたのかもしれない。今更だけど、携帯一つくらいケチケチせずに解約して新しいの買えば良かったと後悔する。が、それも遅く、隣では早速彼が私の手を引いて歩き出していた。勢いよく引かれた手が少し痛いがそれさえも言えずにひたすら後を追う。彼の頭上のティアラがきらきら光に反射していた。
驚いた。偶然拾った携帯から着信。好奇心が騒ぎ出てみると女が出た。名をというらしい。そいつはこの携帯の持ち主で、落として困っているから届けてくれということらしい。ぶっちゃけめんどくさい。けどどうせ暇だから会いに行くことにした。暇つぶしにもならないような女なら殺せばいい。そうやってやってきた待ち合わせ場所には既に人がいて、声をかけると顔を上げて明らかに驚いた表情で固まる。何に驚いたのか知らねーけど、そいつは黒い髪に白い肌が映え、大和撫子を思わせた。真っ黒な目が俺を捕らえる。まるで人形のようだ。悪い意味じゃなく、寧ろすごくいい意味で。俺が目の前の人形に目を奪われていると、そいつは俺の名前を口にした。今思えばいたって普通の声のような気もするが、その時はまるで鈴のようだと思った。外見がそう錯覚させたのか、それとも俺の頭が麻痺してたのか。今になればどうでもいい話だけど。持ってきた携帯を仕舞うと、俺はの手をとった。
「あのー、どこ行くんですか?」
「うししし、秘密」
「秘密って」
「お城」
「お城?」
着いた、という彼の言葉に視線を上げると、大きな、まさに城という言葉がふさわしいであろう豪邸。そこに平然とまるで自分の家のように入っていくベルを見て腰を抜かしそうになる。まさかまさか、ここが彼の家だとでも言うのだろうか。冗談も程々にしてほしい。やや冷や汗を浮かべながら突っ立っていると彼が戻ってきて早く来いよと手招きした。(いやな予感は的中するものだ)そしてお帰りなさいませと口々に言うメイドによって、ここが彼の自宅だということを確認させられた。(ひどい格差社会だ)
「ベル、ここ・・」
「俺の家」
「(やっぱり・・・!)」
「」
「なに?」
呼ばれた声に返事をすれば、声の主がやけに近くにいて驚く。そしてひっくり返りそうになった私に、だけどそんなことなど関係なしな彼はそのまま口を開いた。そしてその台詞に今度こそ足を滑らせる結果となる。
「俺のものになってよ」
さあどうしよう。このまま閉じ込めてやろうか、出れないように。