「月を壊してしまえたらいいのに」


偽りや気まぐれなんかじゃなくて、本当に純粋にそう考えたのだと思う。
急な言葉に勿論彼は眼を丸くしたけれど、私自身自分がそんなことを言い出した自体驚いていた。


「どうして?あんなに綺麗なのに勿体ないよ」
「嘘、ほんとはそんな事思ってないくせに」
「嘘じゃないよ」


そりゃあ昔は大嫌いだったし今でも好きとはいえないけど、


そこでリーマスはわたしに目を向けて、その後言葉を濁らせた。
彼が一体何を言いたかったのかわからないわたしは、続きを急かすように言うのだけどそれも軽くあしらわれる。だからしょうがなく話題を逸らせば、心なしか彼が少し安堵したようにも見えた。


「今日は、満月ね」
「うん」
「月は嫌いだわ」


これは本当。


なぜかって、そんなの決まってる。
彼が、リーマスが、とても悲しい顔をするから。だけど、その理由は他言無用でわたしたち悪戯仕掛け人と一部の人にしか知らされていない。

このことがほかの生徒に勘付かれるようなことがあれば、リーマスもアニメーガスの彼等だってホグワーツには確実にいられなくなるだろう。


そんなことは何があっても避けたい。


しかしそれは、わたしにはどうしようもないことで、ただまあるい月の悪魔が照らす夜いつものようにあの小屋へ向かう彼を今日もまた見送るしかできないのだ。こんな自分に歯がゆささえ感じる。彼の後ろを歩いている時、わたしはリーマスの後ろ姿を見ながらずっと考えていた。
だから彼の心配そうにかけられた声には直ぐに反応できず、気がつけば立ち止まりその髪と同じ鳶色の瞳はまっすぐにわたしへと向けられている。


とうとう、ここまで来てしまった。


「じゃあ、行って来るね」
「うん」
「大丈夫?何だか顔色が良くない」


気分でも悪い?そう問う彼を適当にあしらって微笑んで見せる。


「平気よ」
「そうは見えないんだけど」


ほんとに平気なのかと言うリーマスの言葉に頷けば、彼はあまり納得のいかないという顔で、だけど最終的には 「ならいいんだけど」と優しく微笑んだ。
でもそんな間もわたしは彼が毎回別れ際に見せる切なげな表情が頭から離れずにいる。


どうしたら、彼を救うことが出来るのだろう。精神的にも、身体的にも。
何度もそう考えたけど、やはり答えが出ることは無かった。もしかしたら、本当はそんなこと考えたくないけど、わたしには無理なのだろうか。
こんなどこにでもいる平凡な、純血でもないただのマグル生まれの魔女には。
自分で言ってて虚しくなってくる。
もっと盛大な魔法でも使えれば、わたしも少しは変わっていたかもしれないが、そんなことは今更の話だった。
わたしは、わたしが今出来る精一杯のことをやってあげたい。


「待ってるから」
「うん」
「早く帰ってきて」


わたしがもう会えなくなるみたいな大げさな別れ方をすると、リーマスは少し驚きながらも全ての言葉に優しく相槌を打ってくれた。
彼のこういうところが、わたしはとても好きだ。
こんどこそ最後の別れを告げると、リーマスはひどく優しく、切なそうにも見える顔で微笑んだ。


「月には感謝してるよ、こうやってずっとといられるから」


もうそこには彼の姿は無い。
だけどわたしは、綺麗な円形を描く月を見上げて何故だか笑みがこぼれた。