逃 亡 ああ 自分でも、どうしようもなく馬鹿な事をしていると思う。今更後悔したって遅いのはわかっているけど、後悔せずにはいられない。当然だ。人間だもの。今までだって、あの時ああしていればこうしていればって幾度と無く考えてきた。そんな過去の色んな後悔に後悔に後悔を重ね、私は今日もここに立っている。それでもまたこんな風に勢い任せに突っ走ってしまう私は、ほんとに馬鹿な女だけど でも 何もしなくて後悔するより、何か行動を起こした後の後悔のほうが気分が良いんじゃないかな なんて。いつも私はそう思うのだ。後悔が少しでも和らぐように。ほんの少しでも過去の自分を好きになれるように。 「いずみくん、あの」 「なに?」 緊張して名前を呼べば、彼が振り返った。私の声は震えて 彼の名をうまく音にできなかったかもしれない。振り返った彼の視線がこちらに向けられて、心拍数がどくんと跳ね上がる。(どうしよう)けれどそんな間も時は流れていて、泉くんはもう一度私に向かって『なに?』と口にした。先ほど跳ね上がった心臓が今度はちくりと痛んだ、気がする。(痛い) 残念ながら、私と彼は幼馴染とかいう長い付き合いでもなく、親友とか言う親しい間柄でもなかった。ただ偶然同じクラスになって、たまに席が近くなったり でもまた遠くなったり。会話と言う会話はほとんどしたことが無く、挨拶したのだって数えるほどだ。(問題は彼が近くにいると挙動不審になる私にあるってあの鈍感な安部くんでさえ言ってた)1年間同じ教室で過ごしていながらも、未だただのクラスメイト、顔見知り程度の関係でしかない。自分で述べる現実はかなり悲しいものだけど、それはそれでしょうがない事だったと諦めようと思った。仕方ない、どうしようもない事のほうがこの世には多いものだ。でも、でもこれはまだ違うんじゃないだろうか。このままずるずる一方的に彼のことを引きずってお別れする、以外の選択肢をまだ私は選べるんじゃないの?今ならまだあの後味の悪い、もやもやした気持ちにならずに済むんじゃないの? 「あ、のねっ!」 「ん?」 「私、泉くんにお願いがあって」 「お願い?」 『なんの?』って彼が首をかしげた。言うなら今しかないってわかっているのになかなか言葉に出来ない。そんな勇気も無い。私が無言でその場に立っていると、また彼が『なに』と首をかしげた。どうしようって言葉が頭を何度も駆け回る。催促されればされるほど頭が真っ白になって、やっぱりやめておけばよかったって思った。いやでもやめていても後悔した。どうしようもなく逃げ出したい衝動に駆られ 焦りと羞恥心から視線をそのまま下に落とすと、視界に彼と自分の足が映る。 「えっと」 「なあ」 「え?」 やっぱり 言わなきゃ、って顔を上げる。だけど私の言葉を遮るように出した彼の声によって、私の決死の覚悟はかき消されてしまった。でもそんなことはどうでも良くって、今はただ絡まった視線に耐え切れずにいる顔に熱が集まっている。人間って何でこうも単純で、身勝手な生き物なんだろう。なんて私が考えたところでどうしようもないんだけど。 「なに?」 今度は彼ではなく私が訪ねる。今度は少し落ち着いた音が出せた。 「が言わないなら俺が言ってもいい?」 「 なにを?」 「は?お前マジでわかんない?」 泉くんが悪戯っぽく微笑むものだから 思わず見当違いのことを考える。(好き) こんなに近くで、正面から彼を見るのも、見られるのもきっと初めての事だった。泉くんの笑顔は私の頬どころか指先、足先までを一気に温かくさせた。 「え、何の話?」 「あのさあ」 「うん」 「俺」 「おれ?」 「の事すげー好き」 どうすればいいのかなんてわからなかったし、今だってわからないままだけど ただ、息が止まるかと思った。否、もしかしたらずっと止まっていたかもしれない。胸が苦しい。彼の目が私の目の奥を捉えて、今度は心が温かくなるのを感じた。私はこれまでのどうしようもない自分を(彼の放ったたった一言で)好きになり、それどころか背中を押してくれた今までの数え切れない(わたしのなかの)後悔たちに感謝の気持ちさえ抱いている! 「えっと、うそ?」 「いやほんと」 びっくりしすぎて溢れ出した涙は、流れ落ちずに彼の服に染みてなくなった。 (私アドレス聞こうとしただけなんだけどな) |