スカートがふわりと舞い上がった。勿論、誰かにめくられたわけではなく悪戯な風によって、だ。反射的にそれを手で押さえるも、時すでに遅しといったところだろうか。隣にいる彼の表情がそれを物語っている。しかし問題なのは、スカートが捲れあがったことでも今日の下着がピンク(おまけに水玉)だということでもない。一番の問題は、その現場に居合わせた人物が嫌味な性格の持ち主ジェイドカーティス(大佐)だということだ。


「・・・・み、見た?」
「いいえ見てませんよ」
「うううそだ絶対見た!」
「だから見てないと言っているでしょう」


そんなに見てほしかったんですか?
そう続けられた(ディストいわく)陰険ジェイドの言葉に殺意を覚えつつ、念のためスカートからは手離さないでおく。ついでに言えば、今はピオニー陛下がやけに溺愛しているブウサギの餌を買いに行った(行かされた)帰りであり、もしかしてもしかするとこの男の他にも私の恥ずかしい瞬間を見た市民がいるかもしれないなんて考えないでおこう。(というか考えたくない)


「はあー」
「ため息つくと幸せが逃げますよ」
「いいのもう逃げる幸せも残ってないから」
「おやおや」


可哀相な人ですね。そうジェイドが言えば、無性に腹立たしい気分になった。ほんとこんな性格だからディストにも妙な二つ名つけられるんだわ自業自得。彼の涼しげな顔を睨むようにして見れば、相変わらずの表情で何ですかと微笑んだ。(というか嘲笑った)(殴っていいですか)


「ジェイド、もうあたしいっそピオニーと結婚して玉の輿にのろうかな」
「陛下が嫌がりますよ」
「・・たまには気の利いたこと言えないの?」
「嘘はつけない性分なもので」
「はいはい」


こんなことを言ってみたものの、ピオニーのことは今までそう言うふうに見たことは一度もない。これは本当。むしろ子供の頃から、私の一番近くにいたのはどちらかというとジェイドの方だ。それが今になりこんなにも捻くれてしまうとは、誰が想像しただろう。私の知る限りの幼きジェイドは、陰険のいの字すら見る影もない普通の子供。おそらく今の彼は悪魔にでも体を受け渡したのだろう。 まあ実のところ彼がいつどのようにして変わり果てたかなんて知る由もないのだが。
なんだかんだ今のジェイドも飽きなくていい。たまに血管が切れるかってほどイライラさせられるけど。(例えば今とか)


「そういえばピオニーって何で結婚しないの?」
ていうかそれらしき噂すら聞いたことがないのは自分だけだろうか。いやいやまさか、そんなはずない。


「陛下には心に決めた人がいるんだそうですよ」
「え、そうなんだ」
「おや、知らなかったんですか?」
陛下大好きのあなたが。
後ろに付け足した言葉は、やや毒味を帯びていたような気がする。少し頭にきて顔を上げれば、いつもどうりすました顔がこちらに向けられていた。そんな眼鏡の下の表情を読み取れるのは、ピオニー陛下ただ一人だろう。(まあ私はそんなもの知りたくもないどね!)


「ジェイドって、」
「何ですか?」
「ほんとに陰険ね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「ほらそういうところが」


「ていうかジェイドこそ、そろそろいい年なんだから」
「陛下の心配などしている場合ではありませんか?」
「そう。誰か良い人と見つけないと」


ところで今更言うのもなんだけれど私、今まで生きてきて彼の恋模様なんて聞いたことがあっただろうか。いやいやいや、(何度も言うが)断じてあるわけない。(だってこのジェイドだよ。彼にそんな話似合いっこない)(そんな女の子のような話あったならばきっと私は笑い死ぬだろう)想像しただけでも顔がにやけてしまう。(まあそんな失態ここでするわけがないけど)(とか言いつつ顔が緩んでいるのを止められない)(実のところかなり楽しい)だから彼の口から思い人がいるなんて(いやこんな言い方はしていないけど)聞いたときには、右手にぶら下げていたブウサギのえさを忘れてきてしまいそうだった。


「真面目に言ってる?」
「私はいつも真面目ですよ」
「・・・」
「色々と試したのですが、向こうが極度に頭が悪いもので」
「本当に好きなのそれ」
「好きですよ」
「…ジェイドでも恋くらいするのね」


すごく意外。そう思ったのが声に出さなくともわかってしまったらしい。笑顔で見つめられた。全然うれしくない。うれしくない。だけど次に彼が放った言葉は、不覚にも私の心臓を鷲掴みしたようだ。そういえば何かで聞いたけど、危険を感じているときのドキドキと、恋におちたときのドキドキって似ているらしい。(だから多分これは勘違い)(できればそう思いたいのだけど)


には本当に手を焼かされますよ」
ここまで率直に伝えなければ理解してくれないのですから。まったく困ったものです。そう言うジェイドは些かうれしそうだ。(なんで) そういえば彼は、勝算のない賭けはしないとよく自分で言っていた。結局のところ、最初から負けることなど考えていないに違いない。困った人。そんな彼にドキドキしてる私もいい加減変人なのかもしれないけど。(それはちょっとやだ)


「私は最初から、あなたにしか興味はありませんよ 


そんなこと言われれば、思わず首を縦に振ってしまうに決まってる。(絶対そう!)





「そういえば話の途中でしたが」
「なに?」
「見えたのではなく、見えてしまったというほうが正しいですね」
「え、何の話?」
「ピンクの水玉の話ですよ」
「・・・!(やっぱり見たんじゃない)」


(とりあえず、この件は保留にしておく)


未完成ごっこ