「はいこれ、今日中に終わらせてね」

もう聞きなれた声のに顔を向けると、視界を遮るようにどさりと書類が山積みにされた。

「あの、一応聞きますけどこれは何でしょうか」

わたしが書類の山から目を離さずそう言うと、それを持ってきた張本人雲雀恭弥は「見てわからない?」とまるで馬鹿を見るような目をわたしに向ける。(こいついつかころす!!!!)反抗したいのは山々だし、これまで何度もそうしてきた。 が、そのたびに黒いものやら足やらで殴られけられていては私の体が持たなかった。そういうわけで大変不本意ではあるがこうしておとなしく椅子に座っているのだ。(しかしどうかここに至るまでに色々な、そう色々なことがあったということは察してほしい)

「今日中に終わらせられなかったら、わかってるよね?」
「わかりました!」

びしっと右手で敬礼をして見せ、忠実に返事をしたつもりなのになぜか睨まれて、彼はそれ以上は何も告げずその場からいなくなった。何か言ったとすれば、傍に待機していた草壁さんに「逃げないか見張ってて」と漏らした程度である。(わたし信用ないなおい!)
しかし!彼が出て行ったと共に私は早速行動に出た。どうやら私が仕事をこなすために持ってこられたであろう椅子をくるりと回転させ、同じくわたしのために用意されたであろう机と反対方向に体を向ける。と ここで予想外にもそれを睨むように見ている草壁さんと目が合った。(はっ わすれてた!)彼の眼差しに思わずかわいげも何もない驚きの声が出た。そしてどうやら逃げるどころか、休憩も許されない様子にわたしは悲しく肩を落とし再び机の上の山積み書類とご対面するはめになるのだ。(ていうかなんでわたしこんな事してるんだろ)
ただただ口から漏れるのはため息ばかりである。見張るんなら一緒にやってくれればいいのに・・とちらりと彼を見やるも、その意思は微塵も伝わっていないようだった。(はあ)


そうこうしているうちに 時間が経過し山積みの書類も見るからに減ってきた頃、授業の開始5分前を知らせるベルが鳴った。わたしはおそるおそる草壁さんの許可も貰い(ていうか授業行くのに許可なんて要らないよね!普通!)彼もそこまで鬼ではなかったようだととりあえず一安心、おぼつかない足取りで自分のクラスへと向かうのだ。




* * * * *




「ちょっと、それ大丈夫なの・・・? よくあんな奴に近付けるわね・・・」
「いや、近づけるって言うか近づかざるを得なかったっていうか」

ひとまず授業も終わり、学生にとっては待ちに待った休み時間、わたしの言葉にありえない!と叫び声にも似た声をあげるのはつい先々日できた友人だ。
顔から体型まですべてにおいて整っている彼女はモデルのようにきれいな外見をしているが、話してみると意外にも気さくで人並みにわがままでそして愛嬌がある 言ってしまえば普通の女の子だった。

「あいつに関わったらただじゃ済まないってもう1年の間でも噂になってるよ!!!」
「まゆり、声、声大きいから!」

彼女があまりにも大きな声で話すものだから、周りの人もこちらを凝視している。わたしが止めようとも何を言おうとも、まゆりは聞き入れようとしない。私は本日何度目かのため息を漏らすが、それは彼女とクラスのざわめきに掻き消された。 私の頭上から、「さん」と名を呼ぶ声が聞こえる。もちろんそれには聞き覚えがあるのだが。

まさか たった今噂されていたその人がわたしを迎えに来るなんて、誰が想像していただろう。

さん」ともう一度呼ばれた自分の名前に、恐る恐る顔を上げる。想像通りそこには今一番見たくない顔があった。信じがたい現実にさすがのわたしも失神しかけたが、隣にいたまゆりの声でなんとかこの世に留まることができた。いやもういっそ気絶してしまったほうが楽だったかもしれない。

「あの、なにか御用でしょうか」

彼を見やると同時にクラスメイトたちの表情を伺おうとすると、彼らはだんだんとわたし達から遠のくように教室の隅や外に姿を消した。そこには言うまでもなくまゆりの姿もあって、わたしは彼女を引き止めたい一心で声をかけたが、彼女どころかクラスメイト達は皆そろって首を横に振る。まゆりが口パクでこっち見るなと言ったのがわかった時、私は心の中で今思い浮かぶだけのすべての暴言を彼女たちにぶつけたが今はそれどころではない。
完璧に隔離されたであろうわたしは、一体どうすればいいのかとその場で頭を悩ませたがそれは短い間で済んだ。勿論彼の言葉によって、である。


「これから出かけなきゃいけないんだ」

「だからその間僕の変わりに書類に判子押しといてね」
そう言う彼にまた殺意を覚えたのはここだけの話にしておく。



(まゆりさん、助けて!)(いやよ近寄らないで!)(!!!!)

恋に落ちた瞬間


070818